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錦町のホテル街は、旧赤線の名残なのか ― 検証した結果
錦町のホテル街は、旧赤線の名残なのか ― 検証した結果
Primary:立川 ラブホテル 歴史 / Secondary:錦町 ラブホテル 歴史、立川 赤線 現在、錦町楽天地 現在
Excluded:現在のホテル所在地・件数だけ知りたい場合はBatch 2へ/ホテル料金はBatch 3へ/錦町楽天地の年表は02へ
立川の錦町一丁目には、ラブホテルが7軒集まっている。そして同じ錦町一丁目には、1958年まで錦町楽天地という赤線があった。「今のホテル街は旧赤線の名残では」という説を耳にすることがある。3つの角度から確かめた結果、この説を支持する材料は見つからなかった。むしろ場所そのものが違う。
検証する説
錦町一丁目にラブホテルが集まっているのは、そこがかつて赤線(錦町楽天地)だったからである。今のホテル街は、旧赤線の直接の名残である。
この説には、成立しそうに見える理由がある。町名が一致しているのと、業種が近く見えることだ。以下、3点を順に確かめる。
検証1:場所は一致するか → 一致しない
まず番地を突き合わせる。
| 所在地 | 立川駅から | |
|---|---|---|
| 旧・錦町楽天地 | 錦町一丁目十五番 | 南口から徒歩10分ほど |
| 現在のラブホテル(錦町1丁目・7軒) | ||
| ファビュラス | 錦町1-1-25 | 徒歩3分 |
| レンタルルーム Palau | 錦町1-1-27 | 徒歩2分 |
| スター クレセント | 錦町1-2-18 | 徒歩3分 |
| 菊水ホテル | 錦町1-5-4 | 徒歩5分 |
| イマージュツウ | 錦町1-5-15 | 徒歩5分 |
| Be・Zone | 錦町1-5-34 | 徒歩6分 |
| ホテル花いっぱい | 錦町1-9-4 | 徒歩10分 |
7軒はすべて1番・2番・5番・9番にある。十五番には1軒も無い。
駅からの距離も違う。旧楽天地が徒歩10分ほどの位置にあるのに対し、ホテル7軒のうち6軒は徒歩2〜6分で、駅寄りに固まっている。徒歩10分なのは花いっぱい(1-9-4)の1軒だけである。
同じ「錦町一丁目」ではあるが、街区としては別の場所を指している。
検証2:旧跡地は今どうなっているか → 住宅街
錦町一丁目十五番の現況について、時期の異なる2つの現地記録がある。
| 記録 | 時期 | 記述 |
|---|---|---|
| 記録A | 2008年 | 「現在は閑静な住宅街になっています」。電柱の地域表示に「楽天地」の表記が残る |
| 記録B | 2010年 (2016年更新) | 立川駅南口からウインズの前を通って徒歩10分程度の住宅街。電信柱に「楽天地支」の表記。「本当に何の変哲もないただの住宅街」 |
2ソースとも「住宅街」で一致している。ラブホテルが集まっているという記述は、どちらにも無い。旧赤線の跡地に現在あるのは住宅であって、ホテルではない。
検証3:事業者や営業の継承は確認できるか → 確認できない
場所が違っても、事業者が移動した可能性は残る。そこで1958年の廃業後に業者が何になったかを見る。記録に残っているのは次のとおりである。
- 主にバーや酒場に転業した
- 貸間や旅館に転業した例もある
- 医院への転業という「変わった例」もあった
「旅館」という記録があるのは事実である。宿泊業への転業が一部あったことは、この説にとって唯一の手がかりに見える。
しかし、そこから先が確認できない。
| 確かめたかったこと | 結果 |
|---|---|
| 1958年に旅館へ転業した業者の名前・所在地 | 確認できず |
| その旅館が現在のホテル7軒のいずれかに継承されたか | 確認できず |
| 現在のホテル7軒の創業年・前身 | 確認できず |
| 錦町1-1〜1-9の土地が1958年以前に何だったか | 確認できず |
今回の調査範囲では、個々の土地・事業者・営業の継承関係を示す資料に到達できなかった。
結論
確認できたこと:旧・錦町楽天地と現在のホテル7軒は、同じ錦町一丁目にある。そこまでは事実である。
確認できなかったこと:それ以外のすべて。番地は一致せず(十五番 対 1〜9番)、駅からの距離も違い(徒歩10分 対 2〜6分)、旧跡地の現況は住宅街であり、事業者や土地の継承関係を示す資料も見つからなかった。
したがって、現在のホテル街を旧赤線の直接の名残と呼ぶことは、現時点ではできない。
では、なぜ錦町に集まっているのか
旧赤線で説明できないなら、別の説明が要る。ただしここも確定的なことは言えないので、確認できる事実だけを並べる。
- ホテル13軒のうち、駅から徒歩5分以内が11軒。錦町側だけでなく、北側の曙町6軒も駅の近くに固まっている
- 南北ほぼ半々(北6軒・南7軒)で、南に偏っているわけではない
- 立川タグの掲載レコード138件は9割近くが無店舗型で、ホテルが利用の受け皿になっている
現在のホテル分布は、旧赤線との連続性以外に「駅近への集積」という説明とも整合する。南北にほぼ均等に分かれている点も、旧赤線が南側だけにあったこととは整合しない。
ただし「駅に近いから集まった」というのも、この記事では検証していない別の仮説である。ここで言えるのは、旧赤線以外の説明でも同じ分布を説明しうる、というところまでになる。
「無関係である」と証明したわけではない。今回到達できなかった資料——土地の登記、事業者の沿革、当時の住宅地図など——に当たれば、継承関係が見つかる可能性は残っている。
この記事が言えるのは「現在入手できる資料の範囲では、旧赤線との直接の連続性を確認できなかった」までである。
跡地を歩きたい人へ
旧・錦町楽天地は錦町一丁目十五番。立川駅南口から、ウインズの前を通って徒歩10分ほどの住宅街である。当時の建物はほぼ残っていない。目印になるのは電柱の地域表示に残る「楽天地」の文字くらいだと記録されている。
もう一つの赤線だった羽衣新天地は羽衣町にあり、立川駅より西国立駅のほうが近い。こちらは格子状の道路の形が当時の区画を残していると記録されている。
どちらも観光地ではなく、人が住んでいる場所である。訪れるなら、それだけは踏まえておきたい。
まとめ
- 旧・錦町楽天地は錦町一丁目十五番。現在のホテル7軒は1番・2番・5番・9番。番地が一致しない
- 駅からの距離も違う。旧楽天地は徒歩10分、ホテル6軒は徒歩2〜6分
- 旧跡地の現況は、2つの現地記録がそろって「住宅街」としている
- 1958年の転業先に「旅館」の記録はあるが、現在のホテルへの継承は確認できなかった
- 同じ錦町一丁目に集積している事実までは確認できる。しかし旧赤線の直接の名残とは、現時点では断定できない
- 現在の分布は「駅近への集積」という別の説明とも整合する(これも未検証の仮説)。南北ほぼ半々である点は、旧赤線が南側だけだったことと合わない
- 錦町楽天地の所在地(錦町一丁目十五番)および1958年の転業に関する記述 二次(原典未確認)
- 錦町楽天地・羽衣新天地の現況に関する現地記録2件(2008年/2010年・2016年更新) 三次
- ラブホテル情報サイト2ソースの掲載情報を突合(錦町7軒・曙町6軒) 三次
- 自社収集による立川タグの掲載レコード 138件(うち稼働確認61件)。営業店舗数ではない 一次
本文 約2,500字
