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府中で久しぶりに待合せるとき、話した近況は誰のものか

久しぶりに会って近況を話すとき、相手に心を許して話せた内容をそのままSNSに書かれてしまう戸惑いについて。府中での待合せの具体例から、話せたことと公開してよいことの違い、書かれる側の視点を整理します。

久しぶりに誰かと会う約束をするとき、場所の決め方には相手への気配りが表れます。

たとえば「府中で待合せよう」と約束するとき、府中には京王線の府中駅と、JR南武線・武蔵野線の府中本町駅という離れた二つの駅があります。利用する路線が違えば改札も出口も異なるため、「どちらの駅の、どの出口か」まで事前に確かめておかないと、同じ街にいながら行き違いが起きてしまいます。

二人の会話は公開前に本人へ確認し、了承した範囲だけ投稿、返事がなければ保留する図解

打ち解けて話せたことと、公開してよいことの違い

久しぶりの再会では、会えなかった期間を埋めるように近況を語り合う場面が多くあります。

仕事の様子や生活環境の変化、身の回りの悩みなど、普段は誰にでも話さないような話題も、懐かしい相手の前では警戒を解いて打ち明けてしまうものです。その場で「話せてよかった」「聞いてもらえて心が軽くなった」と感じる時間そのものは、決して嘘ではありません。

ところが、別れたあとに画面を開くと、相手のSNSにその日の出来事が詳しく書かれていることがあります。

「久しぶりに会えて楽しかった」という感想にとどまらず、「いまはどこそこでこんな仕事をしているらしい」「相変わらずこういう生活で大変そうだった」と、先ほど二人きりの席で話した近況が、第三者の目に触れる形で要約されている光景です。

書かれた側にとっての近況は、ただの日記の材料ではない

発信した側に悪気はないのかもしれません。久しぶりに会えた嬉しさや、相手の近況を好意的に受け止めた記録として、何気なく書いている場合もあるでしょう。

しかし、話を聞いた側にとっては「楽しかった一日の思い出」であっても、書かれた側にとっては、現在進行形の生活そのものです。

特に、生活の拠点や人間関係を慎重に守りながら暮らしている人にとって、現在の職種や生活圏、交友関係がネット上に書かれることは、大きな不安につながります。誰とどこで会ったかという記録や、会話から推測できる暮らしの変化は、本人が守っておきたい生活の輪郭を意図しない場所へ広げてしまうからです。

待合せをした駅前の風景や飲食店の写真を投稿しないよう気をつけるのと同様に、あるいはそれ以上に、「二人で交わした会話の中身」を本人の承諾なく公開しないことは、身の安全やプライバシーを守るための基本的な分別です。

「話してくれた」という事実は、相手がその場では話せると判断したということであって、「誰にでも見せてよい」という許可ではありません。

投稿する前に、本人へ確かめる

もし相手との再会をネット上に残したいのであれば、会った事実や話の内容をどこまで書いてよいか、その場で本人に確認する姿勢が欠かせません。本人の返事を確かめられなければ、その話題は投稿せずにおくこともできます。

誰かに近況を打ち明けるときは、その相手を信じているからこそ言葉が出てきます。その信頼を、画面の向こうの見知らぬ誰かに見せるための話題として消費してしまうことは、避けなければなりません。

わたしは、久しぶりに会ったあとで「ここまで話してよかったのかな」と不安にさせる投稿はしたくありません。府中での再会を記録に残すときも、相手の近況を載せる前に本人へ聞く。そのひと手間があれば、次に会うときも話しやすいはずです。